徒然なるままに

日記というか、雑記帳というか、なんかそんな感じで色々書く

アニメと雑学 第11回:ウマ娘とリアル競走馬・東京優駿(日本ダービー)

早くも一年の折り返しに届こうかという時期になってきたが、今日は日本ダービー出会った。そして今年のダービーは面白かったダービーらしいとも思えた。

東京優駿(日本ダービー)といえばGⅠの花形、三冠の一角をなす3レースの一つであり、「最も運のある馬が勝つ」と言われるレースだ。ダービー勝利後に成績が振るわず運を使い切ったかのような馬も多い。

しかし、個人的に日本ダービーで思い出すのはやっぱり98年のレースだ。

98年のダービーといえば、ご存じ「スペシャルウィーク」が圧巻の5馬身差で優勝した年であり、当時「ダービーは勝てない」というジンクスを抱えていた武豊騎手がデビュー12年目にようやく優勝を掴んだレースだ。

そして、今年のダービーは皐月賞勝利馬エフフォーリアを抑えて4番人気のシャフリヤールが優勝した。大一番で運をつかんだわけだ、その強運にあやかりたいものだ。

アニメと雑学 第10回:ウマ娘とリアル競走馬「刺客・ライシャワー」

早いものでもう梅雨入りしたかと思えば、全く雨が降らず夏に時間が飛んだのでは?と思いたくなる今日この頃である。

さて、今回は前回の予告通りウマ娘2期でも特に異彩を放っていたキャラであろう「刺客・ライスシャワーについて。

競走馬「ライスシャワー」は1991年から95年の間に活躍した。競馬史に残る大記録達成を2度にわたって阻み、勝利をおさめながらも"ヒール"の位置づけになってしまった馬である。

アニメでもかなり小柄に描かれていたが競走馬としても小柄であったという。またアニメでもテイオーとストレッチをしている場面があったが、馬のライスも外見は硬そうな印象があったらしい。だが騎乗した育成調教の担当者が「雲の上に乗っているようだった」というほど柔らかかったらしい。

ライスシャワーの戦績の中で語られるレースといえば、1992年のミホノブルボンの三冠に立ちはだかった菊花賞、1993年のメジロマックイーン天皇賞・春3連覇の阻止である。

ミホノブルボンの3冠を阻んだ菊花賞ライスシャワーのG1初勝利であり、日本の芝3000mのレコードを更新するものだった。

また、メジロマックイーンとの勝負となった天皇賞は陣営の目標でもあり、徹底的に追い込む調教が行われ、前走から−12kgという極限まで絞った馬体で望みこの時もコースレコードとなっている。またこの時の印象は騎手に「馬じゃない別の生き物ようだった」と言わしめる程だったという。

JRAのプロモーションでも

'93年 天皇賞(春)
極限まで削ぎ落した体に、鬼が宿る。
王者・メジロマックイーンの三連覇を阻んだ、漆黒のステイヤー
ヒールか、ヒーローか。悪夢か、奇跡か。
その馬の名は…

としてCMに抜擢されている。

 

こうした戦績からヒールの印象が強かったライスシャワーであったがメジロマックイーンの3連覇を阻止した天皇賞・春以降は勝利がなく不振が続く。そして成績不振が続く中で迎えた95年天皇賞・春ライスシャワーは前年にステージチャンプを僅か16cmで抑えて、728日ぶりの勝利を手にし、ヒールの印象を払拭した。

 

天皇賞の勝利後、疲れが抜けず秋まで休養するか、このまま引退かという話もあったが、ライスシャワー陣営は、春最後のGⅠ宝塚記念への出走を決意する。そしてレース当日、序盤はやや後方からレースを進め3コーナーを曲がり、後方から除々に脚を伸ばそうとした。その時、左前脚を開放脱臼・粉砕骨折し転倒、競走を中止した。診療所に運ぶことすらできない重傷であり、予後不良としてコース上に幕を貼って安楽死の処置がなされた。騎乗していた的場騎手は打撲で済んでいたことから、その最期を看取り、亡骸を馬場から運ぶ馬運車に深く礼をしたまま見送った。担当厩務員の川島は、手綱を握りしめたまま泣いていたという。

 

「淀を愛した、孤高のステイヤー

 これはJRAが毎年制作しているポスターのライスシャワーのキャッチコピーである。『淀』とは京都競馬場の異名であり、生涯戦績のG1勝利を全て淀で挙げており最後は淀で散った。
京都競馬場にはライスシャワーの遺髪を収めた記念碑が建てられており今なお献花や供物が絶えず、菊花賞天皇賞・春の時はなおさらだという。

アニメと雑学 第9回:ウマ娘とリアル競走馬「サイボーグ・ミホノブルボン」

なんとも早いもので季節も5月、皐月である。皐月といえば皐月賞

というわけで今回は、個人的に名作だと思っている2011年JRAのCMにて

『92年、皐月賞
そのモンスターの名は
ミホノブルボン
常識は、敵だ。』

のキャッチコピーで皐月賞を飾った「ミホノブルボン」についてである。

競走馬ミホノブルボンは1989年生まれ。牧場にいた頃は非常におっとりした馬で「ゾウみたい」とまで言われたほどだった。

しかし、この馬が後に皐月賞日本ダービーを無敗で制し、シンボリルドルフ以来の三冠にあと一歩まで迫った名馬となる。

 血統的に考えると短距離が得意な馬であるはずなのだが、調教師の「馬はレースで勝たないと生き残れない。であれば、心を鬼にしてでも鍛えに鍛えてレースに勝たせるのが馬のためである」という信念のもとスパルタ調教が行われた。

また内容も「鍛え抜けば、距離の不安を克服できる」という考えによって坂路調教をメインにした厳しいものだったが、ミホノブルボンはデビュー前の3歳なら1本走ればヘロヘロになるような坂路調教を楽々こなし、調教が終わったら何事もなかったかのようにカイ葉をモリモリ食べていたという。その後坂路の本数は2本、3本と増やしても淡々とこなしたという。ここら辺がウマ娘ミホノブルボンのキャラクターにも影響していると考えられる。

そして迎えた4歳初戦、スタートから先頭に立つと4コーナーを回ったところからあれよあれよと後続を突き放し2着に7馬身差をつけての圧勝であった。

初戦の結果を受け、皐月賞は始まる前から決まったようなものだった。スタートで先頭に立つと緩みのないペースを刻み、他馬はついて行くのがやっと。直線では差が開く一方で完勝しまずは1冠。逃げ馬に対する常識を破壊するかのような走りはまさにモンスターだった。

続く日本ダービーでは後ろにぴったりライスシャワーが張り付いていたが、緩まないペースで逃げ続け、直線に入った頃には逆にブルボンとライスシャワー以外の先行馬はみんなばててしまって、直線では独走状態。ライスシャワーマヤノペトリュースの2着争いを尻目に4馬身差で余裕の勝利を挙げ、、無敗の二冠を達成する。

ちなみにこのダービーでのラップタイム(競馬におけるラップタイムは1ハロン、200m毎のタイムを指す)は次のようになっている。
12.8 - 11.7 - 12.3 - 12.2 - 12.2 - 12.2 - 12.5 - 12.5 - 12.3 - 12.6 - 12.0 - 12.5
他の馬など関係なく1ハロン12秒台ペースで走り続けるという、ミホノブルボンの走りを象徴するようなものであった。

二冠を達成し期待は当然、シンボリルドルフ以来の三冠馬。しかもルドルフ同様無敗であり、朝日杯3歳ステークスも勝っているとなればシンボリルドルフ以上の成績の完璧な成績での三冠が目の前であった。

他馬陣営の思惑などが交錯する中スタートした三冠最後のレース菊花賞は、スタートからハイペースでのレース展開となり、直線で刺客・ライスシャワーが襲いかかる。大観衆の歓声を背に必死に逃げるミホノブルボン。しかし、大観衆の悲鳴に包まれて、先頭でゴール板を駆け抜けたのはライスシャワーであった。不敗の三冠馬誕生の夢は、1馬身1/2の差で潰えたのだった。

もしも、この菊花賞を勝てていれば、シンボリルドルフディープインパクトでも成し得てなかった2歳GⅠを含む無敗での三冠達成となっていた。(この記録はコントレイルによって2020年初めて達成される)

94年にレースを引退後は種牡馬になり、2012年に種牡馬を引退した後は生まれ故郷の牧場に戻り余生を過ごした。2017年2月22日に老衰で世を去り、28歳の大往生であった。

引退後も会いに来たりプレゼントを送ったりするファンが絶えることはなく、ファンからの贈り物も多すぎるぐらいだったと牧場の代表が語るほど愛された名馬であった。

 

 

今回は、夢のルドルフ越えの三冠にまで1馬身と1/2まで迫った名馬「ミホノブルボン」について書いてみた。次はミホノブルボンの三冠を阻んだステイヤーライスシャワー」について書こうと思う。

ではまた次回

アニメと雑学 第8回:ウマ娘とリアル競走馬@天皇賞・春

さてさて、オグリについて書く予定だったが。本日は天皇賞春だったわけで中継も見れたので急遽予定変更、天皇賞春といえば80~90年代の勝ち馬は錚々たる顔ぶれだった訳で今回は馬ではなくレースの方にも目を向けたいと思う。

 

85年ー史上初の無敗三冠を達成した「皇帝・シンボリルドルフ
88年ーオグリキャップの好敵手として芦毛頂上決戦を演じた「タマモクロス
89年ーオグリキャップスーパークリークと並ぶ平成三強の一角「イナリワン
90年ー当時19歳の武豊騎手に初のG1勝利をもたらした平成三強「スーパークリーク
91/92年ー長距離最強との呼び声高い「名優・メジロマックイーン
93/95年ー怪物・ミホノブルボンの無敗三冠、メジロマックイーン天皇賞春3連覇の前に立ちはだかった「刺客・ライスシャワー
99年ー同年、タマモクロスに続いて天皇賞春秋連覇を成し遂げた「日本総大将・スペシャルウィーク

 

こうやって書いてみると80~90年代の競馬界には本当に名馬、アイドル馬多かったんだなぁと思うばかりだ。というか、天皇賞・春勝ってる馬がモデルのウマ娘やたらキャラ濃いの多くないか? ちなみに、みんな大好きゴルシは2015年に勝っている。

さてさて、今回は馬ではなくレースの方に注目して書いてみた。次の第9回は馬の方について書こうと思うが、オグリはエピソードが多すぎて書きにくいんだよな・・・ってことでライスシャワーミホノブルボンあたりで書こうかと考えている。

では、また次回

アニメと雑学 番外:マクロスシリーズにみるドラケンⅢの特殊性

飯の時に録画しておいた番組を見るのが日課なのだが、少し前にやっていた某番組のアニメ特集を観ていたのだがマクロスの「バルキリー」の変形についても語られていたので少し。

マクロスシリーズを代表するメカといえばご存知の通り、可変戦闘機/ヴァリアブル・ファイター通称「バルキリー」であるが件の番組でも紹介されていたドラケンⅢ、正式名称『Sv-262 ドラケンIII 』である。マクロスの中でも非常に珍しく、戦闘機形態/ファイター形態が単発機に見えるデザインの機体だ。バルキリーのデザインは基本的に双発機で垂直尾翼が2枚というのが従来のデザインだったが、このドラケンⅢは作品の発表当初から革新的なデザインのバルキリーが登場すると話題だった。筆者も初めて観たときは「単発機!?」と思わず声に出してしまった事を今でも覚えている。

個人的にはこの機体、単発機に見えるデザインもさることながら、変形の機構が非常に素晴らしいと思っている。このドラケンⅢは盾が表中で装備になっているがその盾が垂直尾翼になっているのだ。アニメの4話で初めて人型形態への変形シーンがあったと記憶しているがあの変形機構は変態的だと思ったし、尚且つそれをプラモデルなどで再現してしまうバンダイの技術には脱帽である。というか、あの機構をレゴで作れる監督もどうかと思うが・・・

今回は短くなったが番外ということでここまで、次回はアニメと雑学シリーズでウマ娘のリアル競走馬雑学オグリ編を書きたいと思う

アニメと雑学 第7回:ウマ娘とリアル競走馬「日本総大将・スペシャルウィーク」

さて、今週はウマ娘1期ヒロインの「スペシャルウィーク」について。

ウマ娘、キャラクターのデザインもかなりモデルの競走馬に近づけようとしている拘りがわかる馬だと思っている。

スペシャルウィークは右後脚だけが白い毛色だったのだがウマ娘としてのスペシャルウィークはシューズの色を左右色違いにすることで表現している。

また、出自に関しても史実をなぞっていて、母馬はスペシャルウィークの出産の5日後に死亡。その後は人の手をかけて育てられた馬であり、アニメだと育ての親であるお母ちゃんが金髪のキャラクターにされているのも、当時育成担当だったオーストラリア人女性から来ていると推測されている。

因みに血統をたどると母父にマルゼンスキーがいるが、マルゼンスキーウマ娘の中でもモデルの競走馬が活躍した時代が1970年代後半と飛び抜けて古い。

スペシャルウィークの有名な勝ちレースと言えば、1998年日本優駿(日本ダービー)、1999年の天皇賞春秋連覇、ジャパンCだろう。テイエムオペラオーに更新されるまでは当時の日本最高賞金獲得場だった。

1998年日本ダービー、前レースの皐月賞では3着に破れ体重を10kg落として望んだが騎手である武豊にはとあるジンクスがあった。デビューから12年ダービーを除く八大競走全てで優勝をしていたが、9度の挑戦をしている日本ダービーだけが優勝できていなかった。そのため、「武豊はダービーだけは勝てない」と言うジンクスが出来上がってしまっていた。ところが蓋を開けてみれば、2着に5馬身もの差をつけての勝利。鞍上の武豊に初の日本ダービー優勝をプレゼントしたのだった。

そして翌年1999年シーズンは初戦から天皇賞・春まで3連勝と上々の仕上がりを見せるも、宝塚記念ではグラスワンダーに破れ3着その後の京都大賞典でも掲示板外の7着であった。

そして迎えた1999年10月31日天皇賞・秋。体重を日本ダービー時の体重まで絞って出走。鞍上の武豊は前年にかの有名な沈黙の日曜日を体験した翌年であり、スペシャルウィークは終わったと馬券は4番人気。しかし結果は見事に1着を勝ち取り、タマモクロスに続いて史上2頭目の同年天皇賞春秋連覇を成し遂げた。

続く、ジャパンカップセイウンスカイグラスワンダーエルコンドルパサーが出走回避をする中、『日本総大将』として前年にエルコンドルパサー凱旋門賞で破っているモンジュー(アニメ版ではブロワイエ)を含む外国馬7頭との戦いに挑むこととなる。
2番人気、武豊を騎手に迎えたジャパンカップ、4コーナーで外から捲っていくとその後をモンジューが追走、直線で先頭に立つとそのまま押し切り見事勝利。引退後は種牡馬として多くの一流馬を輩出している。

極めて美しい馬で、京都大賞典の7着以外すべて3着以内という安定感のある強さ、さらに鞍上の武豊騎手にダービーとジャパンカップをプレゼントするなど王道を歩んだアイドル馬であり、特に現在の体型になった天皇賞を同一年に春秋連覇した馬は2019年時点で5頭のみ、当時でもタマモクロスに次ぐ2頭目と名馬にふさわしい成績を残している。また「隠れ万馬券製造馬」などと呼ばれ、4勝したGⅠの内ダービー、天皇賞・秋ジャパンカップ万馬券を飛び出させるなど、ただ強いだけではない面白みがあった。

愛すべき名馬「日本総大将・スペシャルウィーク」はアニメ放映中の2018年4月27日に死去、享年23歳であった。

マイニューギア

今回はアニメと雑学シリーズをお休みして、PCとタブレットを買い替えたのでその感想なんかを少々。

 

先日、ついに5年間使ったMacBookProをM1MacBook Airに、iPadiPad Air4 へと乗り換えた。正直、先代のMBPに関しては5年の中で修理に出したのがただ1度のみと、かなりしっかりと持ってくれたので感謝しかない。

レビュー動画やブログを見る限り恐らくどちらもAirで十分で、持ち運びのし易さが欲しかったからというのと丁度キャンペーン期間だったからだ。

今このブログも新しいM1Airで書いているのだが軽いし、ヌルヌル動くしでかなり感動している。

 

今回はMacにも色々と手を加えた。まず、持ち運びを軽くするためにカバンのPC収納部分を使おうと考えた。これまではPCケースに入れて持ち運んでいたのだがそうするとカバンのデッドスペースが大きくなってしまって勿体ないなとは思っていたのだ。そこで今回はMacに保護シール、所謂スキンシールを貼ってみた。これが意外と良い。まず、見た目の印象がガラッと変わる。更に本体表面に傷がつかないし、持っても滑らない。パームレスト部分にも貼るので食い付きが良くてキーボードも打ちやすい。今までなんで使ってなかったんだ、と疑問に思ってしまうレベルだ。これは次回からも継続的に買うことになりそうだ。
それと、意外と気になるディスプレイの傷対策でアンチグレアの液晶フィルムを貼ったのだが、ほとんど色味の変化もなく反射もなくなったので画面もかなり見やすくなった。

 

iPad Air4のほうはいつも通りにガラスフィルムを貼って、純正と同じマグネットタイプのカバーをつけた。スタイラスペンはサードパーティ製使っているがトラッキングも十分で筆圧感知を必要としないならこっちでも全然ありだと感じた。あと、サードパーティ製品でもApple Pencilと同じように本体のマグネットで吸着してくれるスタイラスペンとペンホルダー付きのケースを選んだ方が圧倒的に便利だ。

個人的に今回の買い替えで最も良かったのが「Sidecar」機能だ。資料に手書きができるし、咄嗟に使えるサブディスプレイがあるというは非常に心強い。

 

個人的に買い足して非常に良かったの品の一つが無印良品のポーチだ。様々なブログや、ガジェットの紹介動画などで度々目にするので家のすぐ近くにできたこともあり行ってみた。行ってビックリだったのがポーチ種類の多さだ。多すぎてどのサイズが自分に合うのか悩んだが最終的に買ったのが「ナイロン手付ポーチ・薄型」だ。
ポーチの中には、ACアダプター/USBC-Cケーブル2本/USBハブ/SSD/USBメモリ2個/microSDを入れているがこれがスッキリ収まり、机の上においても一目で何がどこにあるのかわかるの視認性も良い。何より、カバンを変えてもこれさえ入れればMaciPadに必要なものが全部揃っているので準備に手間取ることが無い。

あとは、ここにAppleオンラインストアでdockを買おうとしているのだが、在庫が復活しないので早く復活して欲しいものだ。

それでは今回はここまで。次回からはアニメと雑学シリーズに戻る予定である。